女装をした男!?
ここで考えていきたいのだが、「女装をした男」とよう子は表現しているが、ここの「男」とは「性欲を求めるもの」として表現されている。すなわち、よう子はこれまで自分の性欲をオープンにすることが出来ず、自分主体のセックスをしてこなかった。処女喪失のときも屈辱的な感情を抑えたままであった。感情を抑えることが過食症につながるならば、それらを十分に吐き出す場が必要である。今回はNABAがその場になっているが、社会にもっと彼女たちの発散場所を作る必要がある。
先ほども述べたが、女性が摂食障害から解放されるにあたってフェミニズムに出会うことが多い。そして、フェミニズムに出会ったがゆえに社会の差別のカラクリを認識し、より苦痛になるケースがあると指摘した。確かに女-男の二項対立で考察していけば、男性社会の差別も浮上してくる。しかし、現時点で男性中心社会は昔ほど強固なものではなく崩壊しつつある。女性たちは「男性はこう望んでいる」と未だ信じ、自らの定めた枠から抜け出せないでいる。
男性は骨のようにやせほそった女性を望んでいるわけではない。女性が「こういう女性は美しい」と定め、それに向かって奔走している。欲求を抑圧した際に起こる症状は時代が変わるにつれてその姿も変化しつつある。(例えば神経症など)
男性社会の差別のカラクリを目の当たりにして悲観にくれるのではなく、「良い子」の枠から抜け出し、たくさんの仲間と話し合うことによって過食症は解決へと向かうのである。